ヒマ人クラブ5th

5回目の引越しです。どうぞ、よろしく^_^

5月3日 春一番2008 行ってきました! 

goo blog ヒマ人クラブより再掲載

行ってきました。日帰りで。

朝、ちょっとゆっくりしていたので、近鉄電車で行くのをやめ、新幹線で大阪入り。

地下鉄の切符購入に長蛇の列。

緑地公園まで260円と料金表にあるのに、販売機に表示されていない。

地下鉄と阪急電鉄の連絡になっていていたんです。

270円で切符を購入して乗車し、下車するときに駅員さんに「間違えました!」って一言。

さて、緑地公園に到着。服部緑地野外音楽堂に到着です。

時間は、午前11時30分。

午前11時からの開演で、友部正人さんがありやまさんを呼んで、ラストソングが始まろうとしているところに入場。

なんとか、たどり着きました。

 

飛び入りゲストのアナウンスが流れた。

誰だろう?

木村充揮と大西ゆかりのお二人であった。

一瞬にして舞台前は人、人、人で埋め尽くされた。

(石田)長生ちゃんが飛び入りの飛び入りで出演。

 

陽が傾き始めたころ、マイ・フェイバリット・ミュージシャン ありやまじゅんじ登場。

まずはソロで。

次に、中川イサト師匠と武蔵野レビュー2のベーシスト河合徹三氏のスプーンを交えて。

さらに、石田長生氏とデュエット。

最後は、リクオとデュエット。

今回のありやま氏は八面六臂の活躍。

友部正人さんのラストでデュエットしてたし。

 

石田さんとのジョイント。

ドラマーの上原”ゆかり”裕はパーカッション。

ここでは、押尾コータロー、藤井裕も加わり、ザ・バンドの「ウエイト」を。

コータローも先輩の指示で歌を披露。

藤井裕ちゃんとの時には、ありやまさんはフルート演奏も。

 

ラス前に登場したのが、加川御大。

還暦を過ぎた身には、日差しがキツイ日中では体に障るとの配慮だろうか、

目にも鮮やかな紫のジャケットを着こなして御大は登場した。

気合の入った4曲を打ち上げた。

本日のトリは、中川イサト師匠率いる武蔵野レビュー2。

 

アンコールは、良さんもラスト曲に選んだ「生活の柄」。

大塚まさじさん、中川五郎さん、加川御大、友部正人さんも加わって、会場は大合唱と相成った。

goo blog 2020.05.06 ヒマ人クラブから再掲

小生にとって、ゴールデンウイークと言えば、「春一番コンサート」です。

しかし、実際にコンサートに行ったのは2008年2日目の1日だけですが。

現在も、「終・春一番」と銘打って続けられています。

主催者の福岡風太さんが頑張れるだけ続けていくそうですが、今年は新型コロナのため中止となりました。

 

1971年に始まった「春一番」は、10年を区切りに一旦終了。

1995年に復活し、2006年に「祝・春一番」に改称、現在に至ります。

 

このコンサートを知った切っ掛けは、ベルウッドレコードのライブ盤(アナログ盤)です。

まだ、はっぴいえんどや武蔵野たんぽぽ団が健在だったのです。

高田渡氏、加川御大、遠藤賢司氏も出演。

最初の10年(1971年は音源なし)の記録は、CDやレコードで購入しました。

発売直後に購入したのは、『春一番ライブ’74』の1枚もの。

遠藤賢司氏の「踊ろよベイビー」を聴くためでした。

当時、小室等さんのFM放送は、キングレコードを中心に曲を紹介していました。

そこで聴いた「踊ろよベイビー」はインパクトあり過ぎでした。

 

その他の音源は、1990年代に入ってから購入を始めました。

ネットオークションに参加して入手したものもあります。

そこで入手し損ねたのが、『自主制作盤 春一番(レコード10枚組)』です。

ばら売りされたものもありましたが、それも、落札できず。

そして、CD=Rで販売されたものの中古を落札しました。

その直後、公式にCDで復刻盤が出ました。

こちらも購入しました。

定価は、オークション落札額の4分の1。(余談ですが、ここでオークションから手を引きました。涙。)

 

それを、今週聴いていました。

「あしたはきっと」は、作者本人のいとうたかお加川良、武蔵野たんぽぽ団と3ヴァージョンが収録されています。

goo blog 2015.05.03 ヒマ人クラブから再掲

今日5月3日午前11時、開場開演。5月6日までの4日間のコンサート。

いよいよ、祝春一番2015。

いとうたかお氏、大塚まさじ氏は、3日に出演。

ありやまじゅんじ氏、友部正人氏、三宅伸治氏は、4日。

加川御大は5日。

最終日には、木村充揮氏、高田漣山下洋輔氏が出演。

 

2006年発売、制作:福岡風太リマスタリング:吉野金次

10枚組CD『1972 春一番

 

西岡恭蔵春一番」に始まり、武蔵野たんぽぽ団「Car Car」に終わる。

1972年5月6、7日 大阪天王寺野外音楽堂でのライブ音源。

当初は、非売品として関係者だけに配られていたという10枚組レコードで制作されました。

1996年5月1日発行 ONTOMO MOOK 

『日本のロック・フォーク アルバム大全 1968-1979』 当時の定価1600円

名盤100選+アルバム・ガイド650

470アーティスト・1600枚のディスコグラフィー付き

監修 田口史人・湯浅学北中正和

というMOOK本を手元に置いて参考にしているのですが、この本には、上記の自主制作盤のことは記載がありません。

福岡風太氏が、春一番開始当時、はっぴいえんどが所属していた風都市に関わっていたので、その関連本で自主制作盤のことを知ったのではないかと思いますが、今は確認が取れていません。

はっぴいえんどがこのコンサートに参加しているのは、このことが関連しているようです。)

加川御大とはっぴいえんどのメンバーはURCで共演しており、『ロック画報』という雑誌が、はっぴいえんどの特集本を制作しているので、この雑誌だったかもしれません。

(2025年現在、自宅内で行方不明。恥...)

2025年 春一番

いとうたかお氏のブログから

「昨年2024年6月、福岡風太が逝った。

今年は『春一番 BE-IN LOVE-ROCK』と銘打って、『春一番』は終わりを迎えようとしている。

1971年、福岡風太を中心に『天王寺野外音楽堂」で、第一回目の『春一番コンサート』は模様された。

その前年、やはり風太が催した野外コンサート『BE-IN LOVE-ROCK』から、ボクは風太のスタッフとしてトラックを運転し、助手席に風太を乗せて機材集めやポスター貼りをした。

あれから55年が経った。

 (中略)

2025年、風太の一人息子の嵐が、引導を渡してくれる。

(中略)

本当に、最後の、最後の『春一番』だ。

ありがとう、ありがとう、ありがとう!!!」

 

いとうたかお氏は、3日(土)に登場。

過去の『春一番』の映像は、YouTubeでご覧になることが出来ると思います。

是非、検索してご覧ください。

おわりに

本当は、高田渡氏が健在のうちに『春一番」に行きたかったのです。

仕事の都合上、なかなか行く機会がありませんでした。

2005年4月3日、北海道白糖町でのライブ後に倒れ、16日釧路市内の入院先で死去。56歳没。

しばらく、茫然自失のような毎日でしたが、名古屋で2回、豊橋で2回、ライブに行けたこと、DVDに残された映像、レコードやCDの音源を聴き、我に返ることが出来ました。

その慰霊の意を含めて、時間を作って、日帰りの強硬で『春一番』に1回だけ行きました。